レグのたまご

半世紀の記憶を記録

若干の方向修正

事業を立ち上げた時に

考えていた事業スタイルと

実態が若干違うってこと

よくあることなのかもしれない

 

けど、自分のやりたいこと

こだわってみようかなと思っていた

 

しかし

やりたいことよりも

求められることに応えること

こっちの方が楽しいし

モチベーションが上がる

 

そして

新たに取引き・お付き合いが始まる人たち

出会いとご縁を大切に

そして一緒に成長したいですし

一緒に戦いたいですし・・・という感情も高まっていく…

 

これを最も大切にする

信条・・これまでもこれからも

 

考える事自体も自分らしくないなと

ということで

方向修正することにします。

流れに任せるともいえます。

 

そんなことを思ったのでつぶやいてみました。

 

⬇ 参加してみました。

技術営業とは何か(プロローグ)

技術営業とは何なのか

ずいぶんと長きに渡り考えてきた

かれこれ20年近く考えてきた

そしてようやく私なりの答を見つけた

そして独自の「技術営業戦略」を構築した

 

というお話のプロローグ

 

私は技術系として会社に入社しました。

入社後、技術系部門異動を経験した後、営業部門に配属されました。

メーカー営業なので、技術的知識は優位だとは思いました。

おまけに自分が開発製品もありましたから、

「自分が作ったものから売り込んでみよう」

なんてことも考えながら営業のお仕事が始まりました。

 

で、スターアップはどうだったかというと・・・

 

技術的知識を持っていることを強みに感じられない

どころか、技術出身ということで嫌われたり、

技術的知識を持っていることが邪魔になると感じたり

 

しかし時には「さすが技術出身だね!」などとも言われ

しかししかし技術的知識が豊富なこと、技術を知っていること

決して褒められて無い・・・

 

営業スキルが不足してる?

と営業に関する本なども読んだりして…

 

まわりをみてみると

技術出身に優位性は有るのか無いのか…

疑問に感じる日々

 

とは言え

技術出身の優位性を探る日々

 

ある取引先メーカーに頼れる営業マンがいました。

メーカー営業として技術的な問い合わせにも

常に的確に答えてくれました。

間違いなくできる営業マンでした。

彼こそ「技術営業」だと思っていました。

 

しかし彼は技術出身ではなかったんです。

お付き合いが深まるに連れてわかってきました。

技術的知識は決して豊富では無いということに。

 

「技術営業」とは?と謎が深まっていきました。

 

⬇ 参加してみました。

子供の頃になりたかったもの

子供の頃は何になりたかったですか?

 

この質問

聞かれたことが無い人

ほとんどいないと思います。

 

私も質問してしまうことがあります。

何になりたかったか?

私は、なりたかったものより「なぜそう思ったか?」

に興味があります。

 

子供の頃は

「かっこいー」って思えば「なりたい!」と思うし

子供の頃になりたいと思ったものには、

その原因とか思うきっかけがあるもの

 

その人の

人となりや幼少期を垣間見ることができる

そんな質問なんだろうなと思っています。

 

私自身、子供の頃になりたかったもの

お医者さんと学校の先生でした。

 

幼少期、とても身体が弱く

月に1度は医者に行くという感じで

転勤が多かった父に帯同し引っ越す都度

母は真っ先に医者を探していました。

小学校低学年の頃

休みすぎで授業についていけなくなりそうな時

担任の先生がまめに家庭訪問して補講してくれました。

 

お医者さん先生

学校の先生

 

「先生」に助けられて今の自分があると思ったら

頂いた恩を返さなければと思ったんですよね。

素直な子供の頃に思った「なりたかったもの」です。

 

子供の頃になりたかったもの

思い返して

なぜそう思ったのか?って自分に問うてみると

子供の頃の心を思い出せるのではないでしょうか。

 

⬇ 参加してみました。

生産性を高めるとは

生産性を高める

というフレーズ

最近よく耳にします

 

勉強会やセミナーや書籍

国の政策としても重要視しているから

まぁそうですよねぇ

 

欧米に比べて低い生産性の日本企業…

ブームにのって生産性を高める活動が活発になる

とても良いことだと思うのですが…

 

当社は◯◇システムを導入して◯△管理の効率化を実現!

このように常に生産性向上に取り組む会社です!

 

みたいな宣伝文句をみかけませんか?

作業の手間を省く・・・

よーく考えてみると

それって本当に生産性向上の取組みなのでしょうか?

って思うこともしばしば

 

システム導入

使用前と使用後

それは違うと思います。

で、継続的な取り組みは?

 

次のシステム導入は☓☓業務の効率化!・・・

しかし予算が…キャッシュが…

少し先になりますがこれからも継続してシステム導入を…

 

生産性向上のためのシステム導入・・・

ちまたでこればかり取り沙汰されてしまっている感じがして

なんだかなぁ〜

 

手間がかかっている仕事を見直して

2時間かかる仕事が1時間に!

 

これも生産性を高めるということになりますよね。

人は減りませんから人件費は下がりませんね。

空いた時間をどう使うか?を考えなければなりませんね。

 

生産性を高める

いろいろな視点で考えることができます。

システムを導入して効率化!というフレーズに

気を取られない過ぎないように気をつけて

取り組む課題なのです。

 

⬇ 参加してみました。

ラジオ出演

大学生時代の話

 

当時、まだ始まったばかりのラジオ番組

三宅裕司ヤングパラダイス

を好んで聞いていました。

 

ある日の放送

皆さんから「ヤンパラ」を広く知ってもらうための

宣伝アイデアを募集します!

という企画があって

 

テレビやラジオにはがきを送るなんてことはこの時が初めて

この番組はきっと人気が出るって思っていた

単にノベルティーやサインをいち早くゲットしたいという下心

採用になるかもわからないのに・・・

 

はがきを送ったことも忘れそうになるころ

自宅に電話が…「三宅裕司ヤングパラダイスです」と。

ラジオ番組から電話ってなんで?

 

これ、ラジオへの出演依頼だったんです。

 

スタッフから概ねの説明をうけた後、

三宅裕司です。はがき読んで出演して欲しいって思ったんです。よろしく。

そして…

ヤンパラのオープニング

某コーナーに電話出演したのでした。

 

はがきで送った企画もちゃんと番組で取り上げてもらいました。

企画の採用に出演とダブルでゲット!

しかしノベルティーゲットは一式でした(^_^;)

 

企画が採用されるという喜びを初体験する出来事でした。

 

そしてこの出演の翌日・・・の話はまたの機会に。

 

⬇ 参加してみました。

偏差値30からの数学問題集

こんなタイトルの問題集って売れますかね?

瞬間に疑問に思ったことを覚えている。

 

大学生時代に登録していた家庭教師センター

自宅2階の一室を事務所にしていて

ものすごくちっちゃいとこでした

 

暇があれば遊びにおいで

的な所長(今思えば社長だったのかも知れない)

年齢もそれほど離れていなかったし

兄貴の下宿に遊びに行くみたいに

ちょこちょこ遊びに行っていた

 

所長の夢とか

教育への想いとか

 

工学部に通いながらも教員になることを考えていた私には

いろいろと勉強にもなった

 

所長は

落ちこぼれとかできない子とか言われている子供たちのために

追いつけなくなった場所を見つけられる問題集を作りたい

と熱く語っていた

そして「偏差値30からの数学の問題集」を出版する!と言い出した。

  

発売され書店に列んでも

ニーズがあったとしても

売れないだろうなぁって思いました。

 

けど「作りたい!」と熱く語る所長

当時私は「できない子を伸ばす」というキャッチで

何人かの生徒を教えていました。

そのノウハウを書いて欲しい!と乗せられて…

手伝いたいと思っちゃって… 

問題集の構成、解説あれこれ、手伝いました

無償ボランティアで。

  

ネットも通販もほとんどない時代

それなりに売れた…と聞きましたが本当のところは定かではありません。

 

今でも時々当時を思い出して思うんです。

マーケットはあったのだろうか?ニーズはあったのだろうか?

所長はこれらを考えていたのだろうか?

 今なら、通販専用にすれば売れるのかも知れないな?…ETC.

 

そして「こんなタイトルの問題集って売れますかね?」って思ったこと

マーケティング的な考え方」初体験な出来事だったのかも知れないな

などとも思うのです。

 

⬇ 参加してみました。

記憶に残る上司

バイトや会社員に「上司」っていますよね。

特に会社員

多くの会社員は良くも悪くも最初の上司の影響をうけるもの

そして恩師と同様、記憶に残るものではないでしょうか

 

あんな上司になりたいとか

あぁいう上司にはならないようにしようとか

 

私は上司運は良かった方だと思います。

 

私の最初の上司

とても口数の少ない人でした。

具体的な指示も少なめで良く言えば自由に仕事する環境をつくるというか

そんな感じでした

 

デスクで仕事をしていると時折後ろから覗き込み

一言二言アドバイスあったり無言だったり

 

新入社員だった私には、指示なければどんな仕事をすれば良いのか?

と疑問に思ったり若干不満も当初ありました。

 

ある日のこと、その日も後ろから

「その仕事、俺もよくわからないからな。アドバイス出来ないなぁ。」

とつぶやくように言って席に戻った上司

その日もあまり会話も無いまま定時になり、

上司が残業する中、私は「お先します」と帰宅。

 

翌日、上司は出張で不在

デスクに資料が数枚とメモ

メモには、

参考になりそうな資料を取り寄せた。アドバイスもらえそうな人を書いておいた。

と書かれていた。

 

メモにある人に内線で連絡をとると的確なアドバイスと共に

「彼(上司)も私に行き着くのに色々あたったらしいよ」と聞かされる。

 

指示するという感じではなく、それとなく後方支援してくれる

そんな上司でした。

 

この時を境に私は自ら仕事を探して

「こんなこと考えてみたのですが?」

と提案するようになっていきました。

 

NOと言われたことは一度もありませんでした。

そして上司のスタイルは同じでした。

自分以外の誰かを探してくれてデスクにメモ…

これも同じでした。

 

一緒に仕事したのは3年くらいでした。

ある時ふと気づいたんです

自分の仕事に関わる社内のスペシャリストを把握できてることを

 

チームで仕事するとか

役割分担するとか

得意な人のノウハウから学ぶとか

そんなこといろいろを学ぶ機会も与えてもらった気がします。

 

最初の上司

やはり大きな影響をうけたなと思っています。

⬇ 参加してみました。