レグのたまご

半世紀の記憶を記録

経験者採用が定着しづらい理由に関する考察

経験者というか

中途採用の社員が定着しづらい

こんなことを時々聞きます

 

直感的に

そうだろうな

とも思います

 

そう思ったのも

合併を経験したおかげかも知れません

文化も仕事のやり方も違うだろうし

簡単に合流出来るわけないって

合併の時に

そう思いました

 

何度もの引っ越しや転校を経験した私にとって

簡単に合流出来ないこと

そして

どうしたらいいのか

ってことを漠然と身につけていたのだと思います

 

合併をむかえた当時

具体的なやり方を考え出して

皆に伝えるべく絵を書いて解説して

そして多くのコミュニケーションを経て・・・

 

とてもうまく行った事例だったようです

私がいた地域はうまく行っていると

そんな評価も聞こえてきましたから

 

方法はとても単純

何が違って何が同じでってことを相互に理解する

「前はこうやった」とか「どこがわかりにくい」とか

思ったら聞く・会話する

 

何かを変えるとか

どちらかが合わせるとか

それ以前に

「互いに知る」ってことを心がけました

シミュレーションしてその違いを話し合ってみたり

 

そんな経験から

独自の考え方が出来ました

定着しづらいのは

双方で取り組むべき課題があると

 

相互に相互への期待値ギャップを感じることで

そのストレスを抑制することが大切なのかなと 

 

この「独自の考え方」に対して

ある程度

客観的に評価できるアンケートデータを

たまたま昨日みつけてしまいました

 

もう少し考察を深めて

きちんと解説出来るようにしたいなと思いました

 

ということで

この記事はある意味

備忘メモということでm(_ _)m

 

⬇ 参加してみました。

2つの卒園証書があるってお話

つい数日前

小学校のお話を書いたのですが

思い起こせば

幼稚園も2つだったと思い出しました

 

幼稚園は3つ

1年づつ通ったので

小学校のお話とは事情が違いますけど

 

年中の時は山口県にある

ある保育園に通ってました

いろんなイベントをやるところでしたね

はっきり記憶に残っているのは鼓笛隊

4〜5歳の子供には難しぃいものでした

 

なぜあれほど真剣にっちゅーか

熱心にっちゅーか

力入れてましたねぇ

その保育園

お遊戯会とかも熱心だったと思います

 

私は何事も年長さんに混じってやらされました

4月生まれなのでまぁ仕方ないですね

でも幸いに出来ないことを無理やりってことは

なかったと思います

 

で、いろんな思い出が出来たのに

年長さんになる時に広島へ引っ越しました。

 

が、後日

その保育園から卒園証が届いたのです。

ん?なぜ??

 

園長さんから

たった一年なのに

こんなに印象に残る園児はいなかった

きっと

きっと立派な大人になると思う

だから

通った証をこれでと…

 

なんという証なのだろう

ある意味重たい(^_^;)

が、喜ぶべきなのだろう

そして

ご期待にそう大人にならなければ。。。

そう思いながら数十年

 

さて

期待通りになったのだろうか。。

 

卒園した広島の幼稚園の記憶って

あまり残っていないんですよね

そういう意味では山口の保育園を

卒園したように思ってますけどね

 

小学校の話に続き

幼稚園も2つの母校がある

みたいなお話でした

 

 

⬇ 参加してみました。

2つの小学校を卒業した?話

昨日今日と

中小企業家同友会全国協議会主催

第21回 女性経営者全国交流会 in 彩の国埼玉

に参加 してきました。

 

北海道から沖縄まで

全国から集まった

経営者800名を超えるイベント

多くの学びがありました。。。

というお話はまた改めてということで

 

このイベントに関連しつつ

幼少の頃の思い出?みたいなお話

 

私は島根県出雲市の日赤病院で生まれました。

数年前に出雲を訪れたら病院なくなっていました(TOT)

小学校時代の多くは島根県松江市で過ごしました。

数年前に小学校を訪ねたら全く様変わりしてました(TOT)

 

転勤族の家庭で育ち

ずいぶんとあちこち引っ越しましたけど

ざっくり・・島根〜山口〜広島〜島根で12年

子供の頃に過ごした場所はやっぱり懐かしい

 

ということで、今回参加のイベントには

島根・山口・広島からお越しの方々もいらっしゃいました

ので、

こういう機会があると

私も中国地方出身です!って言って

お仲間に入りたい気持ちが湧くんです

先方からすると迷惑な話だとは思いますけど…

ごめんなさ。お許しください。

 

少し前に行ったビアフェスでは

島根県地ビールのブースで注文ついでに

松江出身の人いますか?って聞いちゃいました

1人いらっしゃいました

しかも小学校の後輩って言ってました

何十年も後輩ですけど(笑)

 

ということで、ふと

出身小学校をググッてみました

2年生〜6年生まで通った

松江市立津田小学校

ホームページを見つけました

沿革のページまであるんですね(@@)

 

在籍中の記憶

・開校100週年行事があった

・在校生1000人を超えるマンモス校だった

・水泳の先生がちょっとした有名人だった

・校庭を横切って古い校舎を移動する工事に驚いた

・広島から転校したのに修学旅行が広島かよ!って思った

などなど。。。

 

ということで沿革のページをチェック!

・開校100週年行事 ◯

・全国学童水泳優秀校表彰 ◯

まぁまぁ記憶は正しいみたいです

 

ところで

沿革ページで1つ気になるイベントを発見

文部科学省指定道徳教育研究発表」

 

これ、私の担任の先生が公開授業やったやつです

もちろん私のクラスでした

当日、担任の先生がめっちゃ緊張してて

いつもと違いすぎて、それが面白くて、

ちょっと先生を茶化すようなこと言っちゃって

叱られた記憶(笑)

 

でもその瞬間、先生の緊張がほぐれたのだそうです

あとで「助かった」とお礼のようなこと言われたなぁ

 

その時の担任の先生

2年間、担任としてお世話になりました

 

この先生に出会わなかったら

私の人生はまったく違うものになってたと思います

言い尽くせない程におせわになりました

この話はまたの機会に。。

 

津田小学校の卒業まであと3ヶ月

私は転校しました

転校した先の小学校で卒業することに

しかし

卒業アルバムにも卒業文集にも

私の記録はありません

それなのに

アルバムも文集も買いました

いやっ買わされました

みんなは積立ていたのに

一括で支払ってまでしてです

 

ところが

部数が足りなくなった、と

返金するから返してください、と

 

なんの抵抗感もなかったですね

お返ししました

つまり

私は卒業した学校の

アルバムも文集も持っていません

 

でも

ちゃんと手元にはあるんです

今でもなつかしくときおり開くアルバムと文集

松江市立津田小学校

 

恩師が自腹購入してキープしてくれて

送ってくれたんです

飛び跳ねるほど嬉しかったことを覚えています

 

そんなわけで

正式には

卒業した小学校は別にあるってことになるんです。

 

思わぬところで同郷の人に出会って

どこの小学校ですか?

なんて聞いたりすることありますよね。

 

答えを迷うって人はあまりいないと思います

 

私自身、これまでに聞かれたことありませんが

もしも聞かれることがあったら

一瞬迷い考えた上で

松江市立津田小学校

って答えるのだろうなって思います

或いは

2つの小学校を卒業しましたー

なんて答え方もあるかぁ…

 

昨日、島根県からお越しの方々もいらっしゃいました

津田小学校

知っててくれて嬉しかったですね

 

やっぱり

津田小学校!ってのがいいかなぁ

昨日は

こんなことを考えるきっかけになったのでした

 

⬇ 参加してみました。

エステのおもてなし?

昨日の出来事

まさかと思って観察してしまった

 

川越の街を歩いていると

10mほど先のエステから

2人の女性がでてきた

1人はお客さんで1人は見送りするスタッフ

 

で、見送りするスタッフは

駅方向に歩き去っていく

お客様にお辞儀をしたあと

そのお客さんの後ろ姿を目で追っていた

 

まさか?。。。

と観察開始

 

お客さん

2〜3分歩くと信号待ち

スクランブルだったので結構長い

ようやく青になって歩きだした

そして人混みに消えていく…

 

店を出て見送られてから

5分以上はあったのではないだろうか

 

この間

見送りに立ったスタッフは

ずーーーっと客先の背を見送り続けていた

もしも振り返ったら

きっとお辞儀するのだろう

そんな構えのまま

30℃にもなろうかという炎天下

駅に向かって歩く人のじゃまにならないように

気遣いながら

振り返ることもないお客様を見送り続けていた

 

少しダラっと立ってしまったり

しそうな気温の中でも

きちっと直立不動

すごいお見送りのシーンでした。

 

こんなシーンを

待ちゆく人たちは気づくだろうか

駅に急ぐ人の波

誰も気づきそうもないなぁと

 

で・も・・

私は気づいちゃいました

観察しちゃいました

 

誰かが気づいてくれるかも知れないでしょ!?

どこかの社員教育で聞いたような気もする・・(^_^;)

 

リアルに

誰が見ているかわからないものですねぇ

ってお話でした。

 

⬇ 参加してみました。

KPIとかKFSとか…

KPIとKFS

Kは共にキーです

何が鍵になっているのか?

 

ということですが

客観的に評価できる指標

が大事って話です。

 

気温が何度だとビールが売れるとか

何度以上だとアイスが売れなくなるとか

 

気温の変化で仕込み量が変わるとか

これを把握していればロスの最小化

ということにも貢献します。

 

会社員時代

ずーっと指標らしきものが見当たらない

という事業部門に異動

予算の季節が近づき

いろいろと探してみました

指標になり得る

客観的なデータなどなど。。。

 

そして見つけましたよ

指標になり得るデータ

そして

5年、業績を遡り

指標と比較して統計的に評価して

80%程度の精度・確率

 

経営判断の資料として8割って結構高い

見つけた時

やったー

って思いました

そしていろいろな人に解説。。。

伝わらない。。というか

だれも興味もってくれない感じ

挙句

何に使うつもり?

機械的に予算つくるつもり?

過去が正しかったからって未来も通用する証拠は?

などなど・・

否定的な反応ばかり(・_・)

 

もちろん

未来予測のシミュレーション

過去から未来へ

全部やってましたよ

80%を下回らない精度ってのは

遡ったすべての年度でです

機械的に…って話じゃなくて

指標ですよ指標。。

 

次年度のマーケット規模を推定し

予算策定の指標として

事業の戦略に落とし込む

これまではろくな指標もなく

「まっ、とにかくよろしく。がんばって!」

(ちょっと表現が大げさですが)

 

みたいにやってきた数十年

そこから一気に変革!

と意気込んだのに。。。

 

諸事情で全く変化なく

見つけた指標も見つからなかったかの如く

業績把握の新しい仕組みを構築し

これまでなかったKPIも出来たのに

過去5年を評価出来るデータも作ったのに。。

 

のちに

私が独自に作っったシミュレーション予算と

実績を比較し検証1.5年分

 

9割程度の精度でした

間違いなく使えた

という検証結果 も

どこの誰にも公開されることは無く。。。泣く(TOT)

 

ことの大小あれど

この手のネタは豊富だなと

思ったりして。。。

 

本日は寒いです

寒いと言えば…

と考えてる内に思い出したネタでした。

 

⬇ 参加してみました。

原価管理ルール再構築① 現状把握

ふと思い出した昔の話…

 

入社2年目

4つの工場の原価管理ルールを統一する

という命題を頂きました

 

全国に散らばる4つの工場

当時も、原価管理の方法に大きな違いは無く。。。

と最初は思ったのですが

この命題

完了までに約2年かかりました

 

原価管理のルールを統一する。。。

真は、収益計画・投資戦略等々、

事業戦略を検討するためのルールを作り上げる

ということだったのです

 

まず初めにしたことは

「原価管理とは」というお勉強

「会計」のお勉強

そして同時進行で現状把握・実態調査を進めました

 

が、この調査が最も大変だったんです

システム化は業界一進んでいたのに

実は…

システムのデータでは、実績記録として

現状を十分に把握できるデータは存在していなかった

データ構成が大雑把過ぎて

重要なことが調べられなかったんです

 

やむなく

倉庫にある製造記録2年分を調査

 

ペーパーによる記録

細かな製造指示なども確認することができます

というか詳細を調べる方法は他になかったんです

 

数千件の記録

まる二日かけて

デカイ模造紙に正の字書いて集計するという

今では考えられない膨大な作業

やり遂げました

 

結果

概略という見かたでは

諸先輩方の肌感覚とさほど違いはないものの

詳細に見ていくと

「そうだったのか」

という発見も多々あり

そしてこれまでになかった

有効な資料になりました

 

当時の事業規模は180億円位だったでしょうか

製造記録は膨大な数

躊躇しましたけど

与えられた命題に取り組むために不可欠なデータで

これまで社内のどこにもないデータ

調べるしかなかったんですよね

 

ちなみに

後に、システムを手直して

同様なデータを数時間で集計できる仕組みも作りました

 

山積みの箱から

束ねられた製造記録を取り出して

一枚一枚

内容をチェックしながら

正の字を書いていく…

 

やり遂げた時の達成感は半端なかったぁ

記憶は鮮明

しかし

なぜそんなモチベーションがあったのか…

それはナゾのまま

 

この当時に作り上げた集計方法など

以降、事業部の基幹システムに生かされています

というか..

後に、その基幹システムづくりも担当させて頂きました

そして20年以上経過した現在

システムは少しつづ変わっているものの

基本データやデータベース構造は

ほぼ当時のまま稼働中

 

このお話は奥深く長い…

今回は触り程度ということで

次回につづく…

 

⬇ 参加してみました。

「例会」長年の経験から編み出した他社を寄せ付けない必勝経営

その1は⇒「例会」人を生かすビジョン経営 - レグのたまご

 

参加した例会で

思ったこと感じたことをログする

その2

 

アジェンダは次の通り(注 若干言葉を加工)

1.イントロ(報告者の自己紹介)

2.現在の世の中、政治経済はどうなっているのか

3.中小零細企業、社長の仕事

4.多角化経営の必要性、固定客の作り方、仕事の選び方

5.自社の現状把握

6.従業員の育成について

7.同友会精神の学びとその生かし方

 

今回もリアルケースとして学びがてんこ盛りでした。

 

1.イントロ(報告者の自己紹介)へのコメントは除いて…

 

2.現在の世の中、政治経済はどうなっているのか

常に世の中の情勢や変化を把握する努力を行うべき!

中小企業こそ、事業への影響について常に考えなくてはならない

言わば「PEST分析」の実務的なお話

 

3.中小零細企業、社長の仕事

決断と責任などは当たり前として

想像する、研究する、興味を持つ、などなど

とにかくあらゆることにアンテナ張って情報収集して

考えることが第一だと

もう1つ興味深かったのは

外部の専門化を使え!

ということ

中小零細こそ、社外の思考・経験を有効に活用すべき

それと

外部の活用で、自社では見落としがちな客観性も担保できる

外部活用で判断力を高めるという方法もある

というような話

 

4.多角化経営の必要性、固定客の作り方、仕事の選び方

1つの事業に集中していると

想定外の外的要因によって

あっという間に事業が立ち行かなくなることもある

だからこそ

複数の柱を作っておかなくてはならない

但し、

やみくもに多角経営するのではなく

自社のコア事業との関連性や

リソースの有効性

など検討した上で実行すべし

という話

 

ここのパートはとても興味深いものばかり

思い浮かんだものを並べてみると…

ランチェスター戦略

コアコンピタンス

・アンゾフモデル

PPM

・RBV

などなど

マーケットを把握し

リソースアプローチから

戦略を検討して実行していく

こんな話

まさに経営戦略実例としてお手本

 

5.自社の現状把握

自社の状況を常に把握せよ!

という話

数字をみた後、その数字になった要因を分析すること!

良くなったことも悪くなったことも分析し把握すること!

これを樹形図・ディシジョンツリーのごとく把握して

意思決定をすること

数字が出来た理由が大事!という部分にとても共感。

 

6.従業員の育成について

人は責任を持つことで成長する…

組織行動論の実例といった感じ

エンパワーメント

リーダーシップ

モチベーション・マネジメント

社風・企業文化は社長がつくる!

 

7.同友会精神の学びとその生かし方

人は経験が多いほど理解力・判断力が養われる

経験する・体験する

これが大事

 

同友会の例会は「リアルケース」

報告者の体験談と討論によって理解度を高める

追体験を積み重ねることができる「場」

多くの例会に参加し自身を高めて!

 

こんなお話で

大ベテランの経営体験報告は締めくくられました。

 

⬇ 参加してみました。